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ルータン バリ・イージー(Rutan VariEze)とはアメリカの航空技術者バート・ルータンによって開発された小型航空機で、後に組み立て式飛行機(:en:Homebuilt aircraft)として販売された。エンテ型、推進式の航空機であり、同様の形態を採用していたバリ・ビゲンの改良・発展型である。また、本機はルータンが後に開発するロング・イージーの元となり、他の開発者へも影響を与えてエンテ型の組み立て式飛行機の流行を生み、さらに繊維強化プラスチックを主材料とする機体の端緒となった。 == 開発・販売 == バリ・イージーはバリ・ビゲンの発展型として1974年から開発が始められた。1号機(連邦航空局の登録番号N7EZ)はルータンからモデル31の型番が与えられ、機体組み立て開始から4ヶ月後の1975年5月21日に初飛行した。この機体のエンジンにはフォルクスワーゲン・タイプ1(62hp)のものが転用されていた。主翼はバリ・ビゲンのデルタ翼から後退翼となり、垂直尾翼はウィングレット状に少し機体の外側に傾けられて主翼端に配置されていた。降着装置は三車輪式であったが、前車輪は引き込み式、胴体後部の2車輪は固定式とされた。初飛行から3ヵ月後、この機体はウィスコンシン州オーシュコシュで実験航空機協会(en:EAA)が毎年開催している航空祭(:en:EAA AirVenture Oshkosh)にエントリーし、500kg級航空機として1,638マイル(2,636km)という航続距離記録を打ち立てた。 この記録達成の後、バリ・イージは組み立てキットとして販売されオーシュコシュの航空祭ではとてもポピュラーな存在になった。もともとルータンはキットとして販売するつもりはなかったのだが、航空祭での反響に応えるかたちでバリ・イージーの量産キット(モデル33)を製作し、ルータン航空機製作所(スケールド・コンポジッツの前身)から販売したのだった。モデル33では主翼の翼根部(ストレーキ)が広がって面積が大きくなり、エンジンとしてコンティネンタル・モータース(:en:Continental Motors)のO-200を採用している点が1号機(モデル31)との大きな違いだった。量産型の原型となった2号機(登録番号N4EZ)は1976年にオーシュコシュの航空祭でお披露目され、同年7月からキットの受注が開始された。1980年代には約2000機が組み立てられ、バリ・イージーはロング・イージーと共にこの時代に最も売れた組み立て式飛行機となった。なお、バリ・イージーやロング・イージーでは機体の素材として繊維強化プラスチックを用いており、これらの機体の成功によって後の多くの組み立て式飛行機に同素材が用いられることになる。キットの販売は1985年まで続けられた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ルータン バリ・イージー」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Rutan VariEze 」があります。 スポンサード リンク
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